しなロケでは、映画「あの日のオルガン」の平松恵美子監督へのインタビュー動画を公開していますが、1時間に及ぶ収録内容について、動画には収まりきらなかった部分を中心に3回にわたってご紹介しています。 第二弾の今回は、保母(保育士)役に関するお話です。
―監督ご自身が、この映画を通じて一番感じてもらいたいと思うことは
過去のお話ではあるんですけども、現代に通じることがこの映画の中にはいっぱいあると思うんです。特に主人公である若い保母さんたちが自分の頭できちんと考えて、助け合いながら簡単にはやり遂げにくいこと、子供たちの命を守るということなんですけれども、そういった難しい問題に直面しても成し遂げることができるんだ、そんな可能性が若い子たちにもあるんだという、そういうところは伝わるといいなと思っています。(若い人たちに対する)エールですね。私の老後は、若い人たちに託します(笑)。
―疎開保育所になった二つの保育所のうち、品川区にあった戸越保育所は非常に運営が民主的で、保母さんたちも活動家でした
そうですね。戸越保育所をつくられた方々は、当時、特高警察なんかに睨まれるような、大正デモクラシーの流れをくんだような人たち。時代の流れにより、そういう人たちがこれ以上運営をやっていくことができないという状況の中で、経営母体が大日本母子愛育会に変わっていくんですけど、働いている人たちの中には元々からの保母さんたちがいたので、戦時下でも民主的で文化的なことを大切にし、のびのびと育つ、みんな平等にするということをとても大事にする風潮があったわけですよね。戸田恵梨香さんが扮した楓先生という主任保母さんが、国に対して言っていることはずいぶん生意気なことだと思うんですよ。厚生省(現在の厚生労働省)の役人の発言にものすごく腹を立てたり。一方、疎開先でも、これからどんな風に運営するかなど、保母さんたちと常に問題を話し合って解決していこうと、必ず会議をしていたじゃないですか。こういったシーンは、戸越保育所に元々ある風潮を強くくんでつくったつもりなんですよね。
―戦争や戦時中を描いたこれまでの作品と、今回の監督の作品とで、異なる点はどこでしょう
「銃後」といって戦場には行っていないけれど、間接的に関わっている国民を描いた映画はいくつかあって、お父さんやお兄ちゃんが戦争に行き、その後で一生懸命に耐えている人を描いたものが多い。しかし、この映画はそうじゃなく、行動を起こした保母たちの話なんですよね。空襲が来るから危ない、だから来ないところにとにかく子供たちを連れて行こう。これは逃げるということかもしれないけれど、少なくとも子供たちを守ろうという行動を起こした話。戦争を描いた今までの映画とは違うなと思いましたね。
―子役たちだけではなく、保母役たちも若手俳優をたくさんオーディションして選んだとのこと。応募は千人以上とか
ものすごい量の書類が来て、それを見るだけでも大変なんですけど、選ばなきゃいけないのにいい子たちがいっぱいいて困ってしまいました。ずっと思っていたのは、全体的に保母さんたちをデコボコした感じにしたいということで、身長もキャラクターも見た感じの顔も、声や話し方も、デコボコ感があるほうがいいなと。そうした全体のバランスを取るためには、やっぱり実際に会わなきゃいけないとと思ったんです。それともうひとつは、子供たちが本当にいっぱい出てくるので、子供たちの面倒をみられる器を持った子じゃなきゃだめだなと。だから、そういうことを含めて会って会って会いまくりました。こちらも子供たちのオーディション同様、歌を歌ってもらったんですけど、非常に面白かったんですよ。
―迷って迷って、選び難かったということは
ありました。それは苦渋の決断でしたね。なんでこの映画に出てくる保母さんは数が限られているんだろう。子供と同じぐらいたくさんいればいいのにと思うぐらいでしたね。
―ダブル主演の2人はオーディションではなくオファーとのこと。戸田恵梨香さんに関しては、いかがでしたか
まず、引き受けてくださったことが嬉しかったですね。私はそんなにアピールというものはしない方なんですけど、戸田さんにはアピールしましたね。初めてお目にかかったのは東宝だったのですが、なんだかとても素朴な感じだったんです。そういう一面もこの人にはあるんだな、と思って話をし始めたら、この人に出てもらわないといけないとだんだんと思ってしまって。楓さんというのは大変な役なんですけど、見せ場がたくさんあるというよりは、堪えて堪えて堪えて、というお芝居をしなきゃいけないので、とても実力がある方じゃなきゃいけないし、堪えている内面性が出るようなお芝居をしなくてはいけいない、みたいなことを一生懸命にお話しました。あとで聞いた話なんですけど、そこに来る時はまだ引き受けるかどうか迷っていたなんですが、帰りの車の中でマネージャーさんに、私これ出るねと言ってくださったそうで、すごく嬉しかったですね。(本番も)ものすごく抑えた芝居を実に的確にしてくださって、ずっと見ていたいと思いましたね。
―一方の大原櫻子さんは、いかがでしたか
全く対照的な役が、大原櫻子さんが演じる「みっちゃん先生」という新人保母さんです。天然で真っ直ぐなキャラクターですが、こちらは作為が見て取れてはだめな役。真っ直ぐに笑って真っ直ぐに泣いてという、そういうことが作為なくできなきゃいけない。大原さんは、ちゃんとした映像でのお芝居は最近ではお見かけしていなかったのですが、舞台でのお芝居がものすごくキレていて。頭のいい子ですし、大丈夫だろうなと思って撮影を始めたら、まあ見事に、こんなにハマるとは思わなかったというぐらいドハマりして。素晴らしかったですね。この役は大原櫻子以外には考えられないと、いまは思っています。
―劇中でも、仲良しの保母さんが、「本当は私、みっちゃん先生のようになりたい。子供は意識して笑わそうとしてもだめ、自然に笑っちゃうようなのがいい」というような台詞を言っていました
彼女はまさに「みっちゃん先生」そのものでしたね。撮影所の中でみっちゃん先生が子供たちのアイドルになっているんですよ。大原さんが入ってきたら、「わー、みっちゃん先生!」とみんなが取り囲んで、手にも足にもまといわりついてぶら下がるような感じですね。それを彼女は一切嫌がらないで、撮影中だけじゃなくて前後の待ち時間までちゃんと丁寧に付き合っていましたね。
―戸田さんは、結構きつい台詞もありました
まあ、そういう役割ですからね。怒り方にもいろんな種類の怒り方があって、楓先生が何回か「みっちゃん!」と叫んだりだとか、いろいろするのですが、その怒り方に全部違う意味合いがあって。実は私、きちっと怒れる人って好きなんですよ。ただ感情的にわあわあ言っているのではなく、きちんと理由があってきちんと叱れる人。不正に対してきちんとノーと言える人が好きで、そんな楓先生はものすごくかっこいいなあと思って。逆に言うと、今の人たちには、怒られ慣れてない人、また叱り慣れてない人もいっぱいいるから、すぐにパワハラなんて問題になる。叱ることや叱られることをもっと大切にして、その意味を捉え直した方がいいんじゃないかと思いますね。
この映画には旬の俳優さんが出て、素敵なお芝居をいっぱいしてくださったので、それを観るだけでもこの映画を観る価値があるんじゃないかと思います。こんな大原櫻子観られませんよ、こんな戸田恵梨香は観られませんよ、というところがいっぱいあると思いますね。