村上春樹さんの書き下ろし短編小説「品川猿」( 新潮社「東京奇譚集」)をご存じでしょうか。2005年9月に発表されたこの作品を読んでびっくり。村上作品に多いリアルとファンタジーを行ったり来たりする物語が、なんと品川区役所で繰り広げられているではありませんか。
ときどき自分の名前が思い出せなくなった主人公の女性は、品川区の広報紙で知った「心の悩み相談室」に通うことになります。その会場が区役所3階だという設定になっているのです。
区役所3階
これは一体、どこなんでしょう。
早速、現地調査を敢行しました。いくつか並んでいる品川区役所の建物。まずは、大井町駅に一番近い第三庁舎へ。すると、あらら、斜面に建っているので道路から入れるところが1階ではなく、2階と3階であることが分かりました。2階はリサイクルショップ、区役所っぽいのは3階ということになります。恐る恐る(うそうそ)入ってみると、いきなり左手に「区民相談室」ってあるじゃないですか!早くも本命か!!
覗くと、区民生活上のもろもろ相談といった感じでしょうか。交通事故相談所もあるようです。まあ、カウンセリングをしているという雰囲気ではありませんが、ここをモデルにした可能性はありそうです。
では、地下はどうか?「品川猿」では、地下の一番奥にある部屋に土木課職員が猿を確保しているという話でした。それで、区民相談室横の階段を下りてみると、ここは2階までしかなく、先は立ち入り禁止であることが判明しました。残念・・・なお、品川区に問い合わせてみると、階段の行き止まりにはストックスペースがあり、スコップなどが置いてあるそうです。
スコップの部屋?
それもなんか、村上作品っぽい(^o^)
続いて、駅から一番離れた第二庁舎へ。
品川区役所によると、「心の健康相談」はずいぶん前から行われていて、月に1回、無料で相談が受けられるそうです。今は出先施設である保健センターで行われているようですが、小説が発表された2005年ごろに区役所で開催されていたかどうかは分からないそうです。
区役所で開催されていたとしたら、3階のそれらしいスペースとして考えられるのは、先ほど訪ねた第三庁舎か、ここ第二庁舎。しかし、区民相談室は相談内容が財産トラブル等だそうで、管轄も保健センターではないとのこと。ということは・・・
第二庁舎も、はやり道路から入ったフロアが3階。品川区消費者センターがあり、その前には広いスペースがありました。期間を決めて、展示や○○相談のようなイベント事が行われているそうです。ここも可能性がありそう。ただ、カウンセリング会場にしては、ちょっとオープン過ぎるかも。
それでは、こちらも地下へ!
階段を下りると、そこは2階。コンビニがあり、食堂がありました。職員だけではなく、誰でも利用できるそうです。安くて、美味しそうなものがいっぱいで、うれしい穴場発見。この日は売り切れていましたが、“郷土食”の「品川めし」もあるみたいですね。
営業時間(平日のみ)
モーニング : 7:45 – 9:00
ランチ : 11:00 – 14:00
喫茶 : 14:00 – 17:00
食堂からさらに進むと、一見、スポーツジムみたいな施設がありました。「しながわ防災体験館」と書いてあります。防災に関する展示があったり、応急救護体験や消火体験ができたりするそうです。
でも、お猿さんはいなさそうでした。
最後に、第二と第三にはさまれた本庁舎に潜入(そんな大げさな!)。こちらは、入るとすぐに法務局や都税事務所があって、カウンセリングとは縁がなさそう。
でも、階を下ると、こんなふうに廊下が延びていて、突き当たりの部屋がありそう。これまでで最も小説に近い感じでした。ただし、会議室や清掃員控室など、用途がはっきりした部屋ばかりで、こちらもお猿さんとは縁遠い感じでしたが、村上春樹さんはここを参考にしたのかもしれません。そうだったら嬉しい!
結局、小説の描写そのままというところはありませんでしたが、もしかしてこれを元にイメージを膨らませたのかも、などというところはいくつか見つかりました。あの世界的作家の村上春樹さんが人知れずここに来て、あちこち見た上、食堂で品川めしかなにかを食べたのかもしれないなんて想像していると、もうわくわくそわそわして仕事も勉強も手につかないと思いませんか?
品川猿は、実は英訳もされ、村上春樹さんが英語圏の読者のために編んだ自選短編集「Blind Willow, Sleeping Woman」(発行DIP)に収められています。
タイトルは「A Shinagawa Monkey」で、主人公が地元区の広報紙でカウンセリングについて知ったことや、品川区の18才以上の住民なら無料で受けられることなど、私たちには身近な日常生活が英語で世界の人たちに紹介されているのです。
この小説を読んだファンが世界から品川区役所を訪ねてくれたら、地元民としてはこの上ない幸せなのであります。
もちろん、日本の皆さんも、とても面白いこの小説をぜひ読んでくださいね。
(品川ウォーキングライター・キタロー)