第87回(1982年上期)の直木賞受賞作品、村松友視さんの小説「時代屋の女房」は、大井町駅を南に500メートルほど下ったところにある大井三つ又の交差点が舞台。物語は、「続・時代屋の女房」「時代屋の女房 幽霊篇」へと続きます。そして、1983年公開の映画「時代屋の女房」も、ここで撮影が行われました。
映画の主演は、20代で世を去った夏目雅子さん。あの美しい瞳を輝かせ、日傘をクルクルと回しながらこの歩道橋を渡ってくるシーンは忘れられません。
向こうからやってきて、螺旋階段を下りて、そのたもとにある物置小屋のような骨董店「時代屋」に猫とともに入り、そのまま居着いてしまう。
店主役は、こちらも既に世を去ってしまっている渡瀬恒彦さん。名優2人がここでずっとロケをしていたんだと思うと、ちょっと胸が熱くなります。
夏目さんは、リハーサルや撮影で、ここを何度も渡り、螺旋階段を下りたことでしょう。あの美しい瞳に、周囲の風景はどのように映っていたのでしょうね。
「時代屋」として撮影に使われた建物があったころ、ここは「しながわ百景」にも選定されていました。しかし、建物がなくなり、駐車場になった今も、歩道橋はもちろん、その向かい側にあるお地蔵さんや三ツ又商店街が映画のシーンを甦らせてくれます。にぎやかな大井町駅から、5分ほど歩くだけで、静かなこの街に。初めて訪れたというのに、なぜか立ち去りがたくなる不思議なスポットです。